事例1

地主のX(82歳)は多くの賃貸不動産を所有しており、認知症のリスクを鑑みた相続準備について考えています。将来的には判断能力が低下する可能性があり、その状況下で賃料の徴収や建物の修繕等の適切な資産管理や遺産の分配を行うことは困難となる可能性があるからです。

Xの望みは、自身の意思が伝わる限りにおいて、適切な相続準備を行い、適切な形で資産を次世代に引き継ぐことです。そのために、Xは家族信託を検討しています。

Xの家族構成は、長男A、長女B、二女Cの三人兄弟であり、BとCは既に結婚しており、姓を継ぐ長男Aが最終的に大部分の不動産を相続することに、家族全員が合意しています。

このような場合、例えば次のような信託のご提案が考えられます。初めに、Xは長男Aと信託契約を結び、自身が所有する大部分の不動産を信託財産として設定します。この信託契約には、受託者として長男A、受益者としてXが指定されます。さらに、長男Aが信託財産を不適切に処分または管理することを防ぐため、司法書士や弁護士等を信託監督人として設定します。この役割は信託契約内で明確に定義されます。

その後、Xが亡くなると信託は終了し、残余財産は長男A、またはその子へと移行します。同時に、Xが遺言により定めた金融資産等の不動産以外の資産は、長女Bと二女Cに適切に分配されます。

この信託契約の特徴として、受託者である長男Aの名前が不動産登記簿の所有者欄に記載されますが、実質的な不動産の持ち主は変わらないため、信託時には贈与税・不動産取得税の課税は発生しません。

重要な点は、Xが信託を設定すれば、Xの健康状態や判断能力に関わらず、信託目的に従って不動産が適切に管理・運用されることです。これにより、もしXが認知症による判断能力の低下や重大な健康問題に直面しても、長男Aが賃料徴収や修繕等の管理を続けることができます。

Xの死後、信託は終了し、残余財産は長男A(またはAの子)に移転します。これにより、家族間で遺産を適切に分配し、先祖代々の資産を円滑に次世代に引き継ぐことが可能になります。これはXの望む結果であり、家族信託を設定する意義を具体的に示しています。